これが“現代”だったなら、例えば“おや地震かな”と感じたら、すぐさまテレビを点けて確かめる習慣が身についてるほどに。テレビやネットの配信するニュースを見てという格好で、どんな夜中だろうがどんな遠くだろうが、いつ何が起こったかがすぐにも手に取るように判るのだろが。このお話の舞台は、実際の世界で言えば江戸時代辺りと同じくらいの、ちょっと昔という設定のようであり。原動機はモーター止まりでまだエンジンはないらしく、飛行機も飛んでいなけりゃ車も走っていないし。電気はなんとかあるらしいが、電信の類はないようなので。起きた出来事をすぐさま広めるとなると、役所が配ったり町角に掲げるお触れ書きか、木版印刷の瓦版(読み売り)と呼ばれる新聞が限度。なので、新鮮な情報を町の人らが知るのはなかなか難しく、必要な話をだけ、今で言う“口コミ”から得ていたようで。それで十分だとまでは言わないが、交通網が未発達なのなら、遠くでの出来事はすぐさまその身へ降りかかることじゃあなしと、そういう解釈も出来たのだろう。用心するのはいいことだが、過ぎる恐慌が起きちゃあ何にもならぬ。先程例に挙げた食べ物の傷みようもそうだけれど、昔なら昔なり、必要なだけの尋で何もかんもが上手いこと嵌まり合って、そういう絶妙な均衡を保って回っていたんでしょうね。
勿論、安泰安寧であるのが一番大事なことでもあるので
夜中にこそこそ、人目を忍んでの悪さを構える存在があれば、大変な何かが起きる前にしょっぴく機構も、しっかと健在なご城下であり。月の光のみという路地裏の暗がりの中、足音忍ばせてこそこそと徘徊する男が一人。周囲を見回しながら擦り寄ったのは、表通りへ大きな間口で店を出している、商家の母屋の裏手側。板塀に取り付きかけたのへ、
「何をしているっ。」
「…っ」
鋭いお声が掛かったのへ、見るからに びくうっと跳ね上がると、それを弾みに駆け出した怪しい男。
「待てっ!」
このところ出没しているのが夜中にこそりと忍び込む盗っ人で、蔵を狙うほどの腕はないのか、家人の枕元や店の帳場の金箱から金品奪ってゆく手口なものだから、たびたび家の人らを起こしてもおり。不細工な手際だと苦笑している場合じゃあない、今はただ逃げているだけらしいが、そのうち刃物を振り回しでもしたならば、危険な押し込み強盗に早変わりしかねない。しかもしかも、
「……っ」
呼び子の笛が高らかに鳴り響き、あちこちへ散って巡回していた岡っ引きや、夜回りの捕り方連中がその一点へと集まりかけたが、
「おお、今そこの通りを何か駆けて行かなかったか?」
「え? 呼び子が聞こえたのはもっと遠くの通りからだったぞ?」
別な盗賊が焦って駆け出したのかも知れん、何だいそんな何人もいる連中なのか? 混乱しつつもそっちを追う組も出て、
それが何組もいたとしてなら、
互いの連絡を密に取れない時代じゃあ、
混乱していることにさえ気づけない。
電伝虫はあっても、小人数で追ってる最中の連絡はなかなかしづらかろうし。中央の“本部”を構えている作戦中なら、次々に集まるそれらの知らせ、大将が地図の上なんぞへ統括出来もしようが、そこまでの用意はない中なので、自分たちも追跡を進行させつつ、現状の詳細までもを刷り合わせるのは至難の業。
「何だと、そっちは西へ逃げとるのか?」
【 はいっ。】
【 こちら ロの二番、椿坂通りを南下中です。】
「椿坂? そんなところでも誰か駆け出しているのか?」
土地勘に秀でている同心の旦那が、何とか状況を把握しようとするものの、
“何だ何だ、この数は。”
夜な夜な おとりらしき偽物が、撹乱だか陽動だかに駆け回るものだから、こちらの捕り方連中も分散させられ、逮捕し損ねているややこしい賊でもあり。しかも、捕まえてみたら何の関係もない若者だったという知らせばかり。金で雇われたという者が大半だったが、中には、
『逃げ延びた末に鎮守の森で落ち会えれば、駄賃をもらえるって訊いたからよ。』
『俺は町外れの鳥居前って聞いたぞ?』
そんなことをしゃあしゃあと言う輩も多数。
『馬鹿かお前、そんな美味い話があるものか、
捕まったらそのまんまお縄を受ける身になるだけだ。』
『何もしてねぇのにかよ。』
『逃げ回って捕り物の邪魔をした罪でだ。』
ここで初めて“え?”と、訊いてねぇよという顔になる若いのが多いから困ったもの。これが江戸幕府のお膝下だったなら、5両盗めば首が飛ぶと言われてさえいるのに、まあまあ呑気にも程がある。親の顔が見たいものよと閉口していたゲンゾウの旦那が、
“だが、未だ捕縛に至ってはないのも情けない話。”
最初の呼び子を吹いた者は、いつだって ほぼ確かに犯人を見ての追跡を始めてもおり、翌日なぞにその近辺の商家から盗みの届けが出されている。捕まらないのへ味をしめた相手が、仲間を増やしての撹乱を構えているものか。いやいや単に運気の巡り合わせ、こちらが偽者に引っ張り回されているがため、捕まえられぬだけなのか。
「見つかって追われても、
捕り方の数を半分にすれば逃げ延びられる確率もあがるからな。」
現に、そやつの跳梁が発覚してから、1週間かかってまだ捕まえていないどころか、相手の人相書きさえ作れぬ始末。ご城下の治安維持を預かる捕り方の、しかも部下を従える“長”がつく身である以上。こんなことでは不甲斐ないと、苦々しいお顔になった同心の旦那だったが、
………丁度それと同じころ
こちらでも似たような苦々しいお顔で、しゃかりきになって走っている影がある。
「待ちゃあがれっ!」
月夜の路地裏には、ところどころに深い闇だまりがあって、月の光の白と闇だまりの漆黒とがまだらに現れ、勢いよく駆けていると目眩いがしそうな場所でもあるが。文字通りの脇目も振らずに駈けっている存在には、足元の注意さえ覚束ぬ。時折 何をか蹴っ飛ばし、けたたましい音を立てながら、それでも駆けて駆けて逃げてる誰かさんは、やはり相当に足が速いらしく。最初の呼び子を吹き鳴らされたのへ、ククッと笑ったところが小憎らしい。ゲンゾウの旦那が読んでたその通り、呼び子が鳴ったら駆け出す若いのがあちこちにいるのへと助けられ、今宵までまんまと逃げ果(おお)せて来た賊であり。
“他愛ねぇもんだよねぇ♪”
こちとら、仲間なんてものも持たないまんまの一匹狼で、特に力持ちだの身が軽いだのという特技もないが、足だけは誰よりも飛び抜けて速い。そこで、それゆえにという策も講じており、しかも、風評に躍らされてる若いのが勝手に駆け回ってくれるもんだから、挟み撃ちにでもされない限り、普通の脚力しかない連中には追いつけっこなくての捕まらぬ。
“今夜も楽勝っ!”
実は既に一仕事片付けた後なので、番屋までをとしょっぴかれ、持ち物を調べられたならば、色々と身分不相応な金目のものも出て来るだけに。到底、ただの夜歩きでございとは誤魔化せぬ身であって。とはいえ、自分を見つけた捕り方も、随分と後方へ引き離しているから、もはや追いつくなんて不可能だろし。そいつが最初に吹き鳴らした呼び子が呼び水となってのお陰様、今宵もあちこちでザワザワざかざかと、足音や騒ぎの気配がにぎやかだ。この喧噪の中で闇に紛れてしまえば、この身は安泰…と高を括りかけていた賊だったのだが。
「おいっ!」
「……え?」
小さなトナカイさんを肩車にした人影が、行く手をふさいで立ち塞がったのへ。えええっ、この展開は何ごとっ!?と言わんばかり、たたらを踏みつつも立ち止まり、大きく眸を剥いた賊を目がけて、
「ゴムゴムの、ロケットぉ!!」
「どひゃあっ!!!」
普通のお人ならありえないこと・随分と距離のある大向こうから、途轍もない速さで人が一人滑空して来たからたまらない。うあと避ければ、すかさず、今度は拳骨が飛んできて。たたらを踏んでの避けながら、ついのこととて何だなんだと怒ったような口調になれば、
「なんでも何も、お前、その速足で結構な勇名を馳せてるそうじゃねぇかよ。」
いつもいつも捕り逃がしちゃあ地団駄踏んでる盗っ人がいて、このご城下は連夜の捕り物騒ぎでまあまあ賑やか。担当となった与力の旦那が、撹乱に駆け回る奴らも全部捕まえりゃあいいだけのことと、人海戦術だとの構えになっているもんだから。同心や捕り方、その下に属す岡っ引きなどなどという、治安維持への警邏要員の皆様におかれましては、そろそろ寝不足も限界になりかけており。サンジさんの推理のとおり、あの食いしん坊な親分さんまでが、ご飯よりも寝ることを優先しちゃっているほどで。
『手口はさほど鮮やかでもねぇんだが。』
どんなにぼんやりな盗賊だっても、捕まえられなきゃあ威張れやしない。一般の皆様には落ち着いて眠れぬ晩が続くばかりで、しまいにゃあ藩主様のお顔も立たぬというところまで悪い評判が立ちかねぬ。よって、与力の旦那がしゃかりきになってるのも判らんではないのだが、犯人の輪郭も掴めぬまんま、どうやったら捕まるかの目星さえ立たない経過なので、こいつぁお手上げだとの白旗上げる親分だったのへ、
『……そいつは、もしやして並外れて足の速い奴じゃあありませんか?』
挟み撃ちだの待ち伏せだのと、捕まえる側がそういう手を打てば案外と呆気なく捕まる手合い。ただ、紛らわしい撹乱が現れるようになったので、その“挟撃”という策を上手く使えずにいるだけのこと。
『うん。どうかするとさ、その犯人までもが呼び子みてぇな笛を吹くんだと。』
それを聞いて すわと勇むのが、捕り方だけじゃあないと知っている。だからそんな無謀を故意にやらかすんですよ。盗んだ金を分けてもらえるとかどうとか、具体的な噂もあるそうですが、大方、若いののたまり場やなんだで、本人がそんな風評を流して暇な連中を乗せてるんじゃないでしょうか…と。今度の盗っ人のからくり、見抜いて下さったのが、親分の夜食のご贔屓、夜鳴きソバ屋のドルトンさんなら、
『……だったら、いい手があんぞ?』
にんまりと笑ったのが、すぐの隣りから眠たそうにしていた親分が凭れてくるのも煙たがらず、大ぶりの湯飲みで熱燗を堪能していた雲水姿の誰か様。そりゃあいいお声でぼしぼしぼしと、お耳への直に内緒で告げられた作戦というのが、
「昨夜っからよ、捕り方連中には特別な笛を渡してあんだ。」
ただの笛とは大きく違う音がする笛。いやさ、
「人の耳では拾えない音が出る、
マタギって猟師が使う“鹿呼び”の笛でな。」
犯人を直接見かけた奴だけは、最初の一吹きはいつものでいいが、それ以降はこっちの笛を吹き続けろと。人にゃあ音は聞こえねぇが、それが特別な笛だって証拠だと言い含めてあったので、
「ずっとずっと吹いてたのに、お前 気づかなかっただろ。」
「…う。」
それもやはり若い衆の悪ふざけか、他で吹かれてる笛の音や騒ぎやが聞こえてのこと、そっちについつい引かれ、正解から逸れてしまったらしい捕り方たちは確かに撒いたが、
「俺らにはこっちのせんせえがいたんで、誤魔化されなかったんだよ。」
「く…っ。」
動物(ゾオン)系の能力者は、その耳目の感覚も野生のそれを備えているがため、
『親分、あっちだっ!』
『おおっ!』
トナカイせんせえこと、チョッパーがきっちりと聞き分けをしてくれたので。他の騒ぎや物音に惑わされる事もなく、こっちの本星を追っかけることが出来た。ゲンゾウの旦那や他の…同心直下の捕り方連中に話しておかなんだのは、いつも通りの運びにしとかないと、犯人にも様子がおかしいぞと気づかれかねなかったからで、
「連続押し込み、御用だっ!」
「ちぃっ!」
腰のすわった構えとなっての、威勢のいい声での恫喝を投げかけた親分さんではあったれど。今の今 賊の前へと立ちはだかっているのは、小柄で童顔の十手持ちと小さな体格のトナカイさんの二人だけ。殊に十手持ちの方は、そんなおっかないものこそ手に構えているけれど、夜中に起きているのさえ不自然に映るほど、あまりに幼い風体しているものだから。どうかすりゃあ見習い級じゃないかとでも見くびったものか、
「誰がお前みてぇなガキに捕まるもんかよっ。」
やけっぱちだろか そんな捨て台詞を吐き出すと、くるりと方向転換をして背後へ戻り掛かった賊の人。だがだが、
「…っ!」
その足がすぐさまびくりと止まる。というのも、そやつが闇を見透かした先には、退路にあたろう路地の出口を塞いで立っていた、別な人影がおいでであり。
「どこへ行こうってのかな、おい。」
結構な上背に屈強な肢体。折しも差した月光に照らし出されたは、たいそう男臭い雄々しさ満たした精悍なお顔で。猛禽や野獣を思わす、凶悪にして鋭角なそれが、凄みをおびて不敵に笑ったものだから、賊は げぇっと唸ってしまったが、その後方からは、
「ゾロっ!」
頼もしい味方の登場へ、そりゃあ嬉しそうに親分がはしゃぐ。後々に“チョッパーはこっちにいたのに”何で居場所が判ったんだと訊かれたのへは、何とか言葉を左右にして誤魔化し続けた彼だったが…ドルトンさんもまたゾオン系の能力者ですものねぇvv
「さあさ、観念してお縄を受けなっ!」
こたびもそれは鮮やかに、一件落着を迎えたようで。静けさが戻った皐月の宵には、どこからか川風の匂いと柳の揺れる音が、さわりさわりと涼やかに聞こえて来るに違いなく。
―― ゾロ、おいらもう眠てぇぞ、何とかしろ。
しょうがねぇ親分さんだな。
犯人をゲンゾウの旦那へ渡したら、今宵はいい月だからとばかり、ゆっくりお散歩しながら帰るといいよと。萌え初めのオダマキが、道端の軒下、小さな茂みから覗いてた。
〜Fine〜 10.05.04.〜05.10.
*鹿を呼ぶ笛というのは本当にあるそうで、
但し、鹿の鳴き声がかすかにする笛で、
このお話に出てきたような、人には聞こえない笛というと、
むしろ犬笛のほうでしょか。
ええ、ええ、最初はそっちにする予定でしたが、
城下のあちこちからわんこが山ほど集まってきては
追跡も捕物も何もありゃしません。
どっかの王宮で飼われてる、訓練済みの子ならいざ知らず、
邪魔になるばかりでしょうからと、
急遽鹿の耳にしか聞こえないという架空設定のものを
引っ張り出させていただきました。
平にご容赦いただきます、どもすみません。
*これを“船長BD作品”にするのはちょっと無理があるかなと、
そう思ったんで、先のお話を大急ぎで書き上げたんですが。
捕り物へ力を入れると、
坊様とのラブラブがなかなか広げらんないから、(ラブラブて…・苦笑)
どうしたもんか…でございます。
めるふぉvv 


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